モンブランミーティング

今月5回目の呼び出しに、東雲荘一郎はいよいようんざりしていた。

「今度は何事ですか」

上着を脱ぎながらソファに座り、先週もこの席だった気がするな、と東雲は考える。目の前の幼馴染は まあまあ、とにこやかにメニュー表を差し出した。

今夜も集合はいつものファミレス。仕事のミーティングであれば東雲の雇い主であり幼馴染の神谷幸広の自宅(兼職場)で行えば良いのだが、今日みたいな個人的な話はそうはいかない(と、神谷は思っているようだ)。

店を早閉めした日はシェフであるアスラン=BBII世が新作レシピ作成に夢中になる。そのタイミングを見計らって、このよくわからない会合を開くことが最近増えていた。

「今週から新しいメニューが増えたみたいなんだ」

この店の季節メニューだけがピックアップされた冊子を開いて神谷が促す。「食欲の秋 いろどりの秋」と大きく書かれたそこには、食事からデザートまで、期間限定のメニューが鮮やかに掲載されている。

「ちょうどよかった、うちでも来月から秋のスイーツを出そうと思っていたところです。参考になりますね」

「それはいいね、アスランにもタイミングを合わせて何か出せるか聞いてみよう」

『それはいいね、それなら俺も金木犀の香りの紅茶を出そうかな』

かつての神谷ならそう言っただろう…と東雲は考える。

無自覚な幼馴染はメニューをパラパラとめくりながら、アスランの最近の試作について饒舌に語り始めていた。

神谷が彼…アスランのことを意識しすぎている、と東雲が気付いたのは、経営するカフェパレードが3人体制になってわりとすぐのことだった。

住所不定無職、風貌も話し言葉も癖のある青年。神谷は捨て犬を拾うかのように彼を自分たちの職場へ迎え入れたかと思えば、あっという間に彼と居食住を共にしていた。

もとから神谷は変わり者であったし、はじめは東雲も特に気にすることはなかった。違和感を感じ始めたのは彼がお店に自分のメニューを出し始めた頃。神谷の発する言葉に必ずといっていいほど彼の名前が置かれることに気付いた時、神谷の眼差しの先にはいつも彼がいた。

自覚がなかった神谷は東雲に指摘され、それ以降どんどんと思いを深めているようで、から回る気持ちをこうして秘密のミーティングで発散しているのだった。

「お待たせいたしました、和栗のモンブランと本日の紅茶でございます。」

小さくも綺麗にデコレーションされた栗のケーキと、2人分のティーセットが運ばれてくる。この店はファミレスながら紅茶の種類が豊富で、神谷曰く茶葉も良いらしい。日替わりでしか出していないものもあり、いつのまにか神谷はウェイターに本日の紅茶について確認していたようだった。

東雲はひとつしかないモンブランを手元に寄せながら、ふたつのティーカップを神谷の前に置いた。

「何も食べないんですか?」

「うーん、今夜はまた一段と手を込んだものを作ってそうだったからなぁ」

ポットに手を当てて温度を確かめる神谷は、自分のその声が踊っていることに気付いていない。溢れる微笑みは、きっと今彼の家で料理に没頭している男性に向けられている、ということを東雲だけが知っている。

愛情で満たされたカップを受け取り、東雲はケーキにフォークを刺した。

「家に帰ると夕食を作って待っている奥様がいるなんて羨ましい限りですね」

「やめてくれよ、アスランだって」

「わかってます 冗談やろ」

普通だったら笑って流せる冗談なんやけどな…とぼやきつつ、東雲は来月出す新作スイーツへの思いを巡らせた。目の前で言葉に詰まる男は無視でいい。

控えめに掬ったマロンクリームを口に含むと、優しい甘さが東雲の舌の上にじわりと広がっていく。繊細に絞られた香り高いクリームの舌に残る甘味が、次のひとくちを誘った。きっと頂点に鎮座する和栗は、そんなクリームとのバランスを絶妙に保つ上品な味に違いない。

もともと来月は紅芋タルトを考えていたが、定番のモンブランも悪くないな、と考える。

モンブラン用に栗を仕入れたらアスランさんも料理に使うのだろうか。東雲はふと疑問に思ったが、目の前で顔を赤くして微笑む店長よりシェフ本人に聞いたほうが早そうな気がしたため、明日直接聞くことにした。


「ていうか神谷、恋とかしたことあるんですか?」

最後の一口を綺麗に食べ終えたところで、東雲が神谷に問いかける。透明のポットの中で残り少なくなった紅茶が揺れている。神谷は自分ののカップに2杯目を注ぎながら、意外な質問に目を丸くした。

「えっどうしたんだいきなり?学生時代に彼女がいた事は東雲も知ってるだろ?」

「知ってますけど…あれは恋ではなくて、ただ付き合ってあげていただけでしたね」

今もお店のお客さんにファンが多い神谷だが、学生時代もなかなかモテていた。その中でお付き合いをしていた人が何人かいたと東雲は記憶しているが、どれも神谷から告白したとか、好きになったとか、そういった話は聞いたことがなかった。

「まあ、ね。でもちゃんと浮かれていたし、ドキドキもしたさ」

懐かしむ様に答える神谷に、東雲は無意識に言葉を返す。

「今みたいに?」

カップを口元に運ぶ手がピタリと止まる。別に煽るつもりで言ったわけではないが、目の前の神谷を見て東雲は思わず口角を上げた。

あ、これは鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってやつやな。

東雲がそう思うと同時に、神谷の顔が赤く染まっていく。1日の赤面回数、記録更新。東雲は思わず肩を震わせて笑った。

「ふふ、神谷、あなたずっと真っ赤ですよ」

「やめてくれよ~」

照れ隠しなのか、残った紅茶をかき混ぜるその行為がまるで無駄で。

かちゃかちゃとスプーンの踊る音が、神谷をからかう東雲の笑いと重なった。

「…うんそうだな、恋、したことなかったのかもな、俺」

今まさに頬に手を当てたり仰いだり、照れ笑いしている幼馴染を、東雲は今まで見たことがない。ここ数週間で神谷は新しい顔をするようになった。もう随分長い付き合いになる神谷に、まさかまだまだ知らない一面があったとは。

「ようやく自覚したんですか」

親友の成長を微笑ましく思いながら、東雲は最後の紅茶を口に運ぶ。

20を超えての初恋が、果たして遅いのかは東雲にもわからない。

「東雲こそ、恋したことあるのか?高校の時何度か告られてたけど、みんなフってたよな?」

「また懐かしい話を…もう今日のミーティングは終わり、帰りますよ」

まだまだ終電が走るような時間ではないが、気がつけば店内の人もまばら。お互いのカップも、ポットも、すっかり空になっていた。

東雲は上着を羽織り、解散への空気を作る。

「ずるいぞ東雲」

文句をつけつつも伝票を手にして神谷が席を立つ。

今日だって、神谷がアスランに声をかけて出てきているのかわからない。ならあまり遅くならないほうがいいと東雲は考えていた。ああ見えてアスランは気を使いすぎるところがある、と最近気付いたのだ。後から入ってきた彼を避け、頻繁に二人だけで会っているなんてことが知れたら、きっと彼は神谷の家に身を置くのも躊躇いかねない。それはおそらく、アスランにとっても神谷にとっても、あまりいい結果を生むことはない。つまり共に働く東雲にとってもいいことなし、ということで。

会計を終え、外階段を降りていく。まだ日中は夏が残る日々だが、夜の空気は肌寒い。そろそろ衣替えも考える季節になっていた。

アスランさんは冬服とか持ってるんやろか。東雲はふと疑問に思ったが、答えがわかったところで自分にはどうということはないので、聞くのはやめにした。

「そういえば、今日は結局神谷の惚気を聞いただけだったんですけど、本題はなんだったんですか?」

解散のタイミングで出す話題ではないと思いつつ、東雲は神谷に問いかけた。どうせ大した用事ではないのはわかっているが、ここで解決しなければまたすぐ呼び出されるに違いない。果たしてここで解決できる問題かは不明だが。

「そうだった、いやどうも、アスランとこの先、どうやって進展させればいいかなって…」

…くだらなすぎる。

首筋に吹く風を一層冷たく感じ、東雲はため息をついた。幼馴染の初恋は応援したいが、20も過ぎて今更学生のように恋に恋した状態の男と時を過ごすほど自分は暇ではない。

「どうもも何も、こっそりこんなとこ来てるようじゃ何もうまくいかんやろ」

「うーんそうなんだけど、他に相談できる人がいなくて…」

すまない、と眉を下げて笑う神谷の顔は嫌と言うほど見てきた。そして自分がそんな彼を見放せる人間じゃないことを、東雲はわかっている。

だから腐れ縁なんやろな。

この秘密のミーティングが開催されなくなる日は来るのだろうか。

東雲は親友の初恋の行方が、どうか先程のモンブランの様に甘く優しくある様に祈った。






ぽよ屋

ぽよ屋の二次創作物置き場。 現在置いてあるもの:神アス