déraciné
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闇の腐女子向け
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タタン タタン
規則的なリズムで列車が走る。
流れる行く田園風景はどこまでも広がり、雲ひとつない空が景色を二層に分け続いている。
「今日は天気がいいね」
返事をするようにサタンが揺れる。
旅行鞄に詰めたのは最低限の荷物だけ。
知らない町、知らない路線、行くあてのない三人旅。
「行き先未定っていうのも、思いがけない出会いや発見があっていいものだよ」
「カミヤの混迷の呪いには困ったものだが…確かに目的地無き旅であれば混迷もなにもないな」
「はは、そういうことさ」
目的地を決めない旅を提案したのは神谷だった。旅行に行くならどこがいいか、というありきたりな雑誌のインタビュー。「行き先未定で」「同胞団となら何処へでも」というお互いの答案は、ファンからなかなか反響があったと神谷は記憶している。
タタン タタン
対面式のボックスシートが並ぶ車内に、列車の音だけが鳴り続ける。乗客は他に誰もいない。神谷はまるで世界に自分たちしかいないような気分に包まれていた。
「此度の暫しの休息…カミヤと共に過ごせることを、我もサタンも歓喜している」
そう言って紅茶を口に運ぶアスランを、神谷はいつまでも見ていたいなと思う。
伏せられた瞼から伸びる長いまつ毛も。
その下に隠された宝石のような瞳も。
カップに口付ける色の薄い唇も。
何もかもがいつだって神谷の心を高鳴らせる。
タタン タタン
「何も言わずに出てきてしまったが、プロデューサーさんたち今頃どうしてるかなあ」
ふと思い出して神谷が口にする。
「いつか共に世界を巡る旅をしたい」と言ったのはずいぶん昔のことだった。それからどれくらいの月日が過ぎたかわからない。常に仕事で忙しくしていた2人が半ば無理矢理掴んだわずかな休暇に、残してきた事務所のみんなが大慌てで駆け回る姿が目に浮かぶ。
だが、やっと手に入れた2人の時間だ。今は全てを忘れて旅を楽しもうと神谷は思い直した。
タタン タタン
相変わらず窓の外では面白味のない田畑が続いている。変化のない風景と静かな車内は時間の流れを引き延ばすかのようだ。この時間が永遠に続けば良いのにな、と神谷は思う。
「永遠なる倖せか…永遠とは存在するのだろうか?」
「永遠かあ…物質的なものに永遠はないけれど、思いは永遠に残るんじゃないかな」
「思い…」
「ああ、俺がアスランを思う気持ちとか…ね?」
「そ、そのように、我をからかうな、カミヤ…」
愛を囁くと決まって目を逸らすアスラン。その表情も可愛いが、少しは慣れてくれないかというのは神谷の小さな悩みだった。唇を重ねるのも、肌を重ねるのも、ずいぶん時間がかかったものだ。そこまで至っても彼の恥ずかしがり屋は変わらぬままで。
そういえば、囁く愛に一度だけ、目を合わせたことがあった。神谷が積もる思いを吐露したあれは、一昨日の夜。神谷の指がアスランの首に絡み、揺れる彼の瞳が最後に光を映した瞬間。
「 」
まっすぐに俺を見つめて、あの時、アスランは何と言っただろうか。
タタン タタン
永遠に変わらない車窓の眺め。
次々と流れていくふたりの記憶。
もう二度と失うことのない神谷の宝物。
神谷の肩でサタンが揺れる。
神谷はボックスシート内でひとり、箱を抱きしめ目を細めた。
「これからもずっと一緒にいよう、アスラン」
箱の中の頭は、何も応えない。
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